診療所におけるアスベスト関連疾患へのアプローチ法
光陽生協クリニック 平野治和

はじめに

 昨年6月末のクボタショック以後、アスベスト被害は大きな社会問題になってきました。被害は労働者、家族から地
域住民にまでひろがり、長年にわたり対策を放置してきた国と企業の責任がするどく問われました。しかし、4月に施
行された石綿救済法は責任の所在を曖昧にし、救済も部分的であって被害者団体はじめ各方面から痛烈な批判を
浴びています。
 3月の全日本民医連総会方針ではこのアスベスト問題を、「生活と労働の場から疾病の原因をつかみ、健康被害を
受けた人たちのいのちと健康を守ることを医療理念として掲げる民医連のまさに出番であり,全力で取り組まなけれ
ばならない課題です」と述べています。
 私は長年民医連で仕事をしてきた一人の医師として、まず日常診療において「目とかまえ」を実践すべきではない
のかという問題意識でこの1年取り組んできました。
 本稿は、近くに石綿製品製造工場もない、普通の地域に存在する診療所の一般外来で、一般医がどの程度アス
ベスト関連疾患を診断できるのかを検証するものです。
 その結果、アスベスト問題は私たちの日常診療のなかで、目の前の患者さんに少なからず現れておいると確認で
きたので報告いたします。


対象と方法

 <一般外来で>
 私は光陽生協クリニックとつるが生協診療所の内科一般外来で,計7パートの外来を受け持っています。光陽生協
クリニックは光陽生協病院の門前診療所で,平均月患者件数は2450件です。私自身は呼吸器の専門ではなく、内
科一般外来を担当し、感冒や慢性疾患、高齢者などを診療しています。ただ、振動障害やじん肺など労災の患者さ
んが一部含まれています。
 昨年8月から今年8月末までの1年間で、私の外来に受診した患者さんを対象にして検討してきました。診察患者
数は1パート平均約35名になります。
 問診(職歴)、診察、胸部X線そして胸部CTを施行し,胸膜プラークと診断できた症例を検討しました。アスベスト関
連疾患の精査を求めて受診した症例,他の医師による診断例は除外しました。

<プラークタンターとして>
 アスベスト関連肺疾患(表1)のなかで、特有な病態である胸膜プラークにターゲットをしぼりました。
(表1)   
部位 特異的 非特異的
肺内 石綿肺 肺がん
胸膜 中皮腫 良性胸膜炎(良性石綿胸水)
胸膜プラーク びまん性胸膜肥厚
円形無気肺
 胸膜プラークは疾患ではなくて病変(病態)

胸膜プラークとは、主として壁側胸膜に生じる不規則な白板状の肥厚で、厚さは1〜5mmのものが中心です。胸膜プ
ラークそれ自身では肺機能障害を伴わず良性の病変です(図1)。

(図1)胸膜プラークのCT像 
 
   
右肺前壁側の小さな石灰化プラーク 右背側部の板状プラーク 広範囲な石灰化プラーク

 しかしながら胸膜プラークは高濃度ばく露による石綿肺と違い、むしろ低濃度ばく露で出現すること。その出現頻度
は、石綿肺よりも格段に多いこと。石綿製品製造工場などがない一般の地域でも、石綿製品を二次的に取り扱う幅
広い職種の労働者に認められること。胸膜プラークは石綿ばく露によってのみ現れる特異的な指標であること。胸部
X線,とりわけ胸部CTにて比較的容易に診断できること。胸膜プラークの存在が労災や石綿新法での患者救済に大
きく寄与することが特徴であり、極めて重要な病変となっています。
 尼崎など石綿工場周辺地域でおこなわれているアスベスト健診も「プラーク健診」というのが実態です。この胸膜プ
ラークを日常診療のなかで1年間にわたってさがしてきたということであり、その仕事を「プラークハンター」と名付けて
みました。

<職歴聴取>
 問診では、まず患者さんの容姿と言動に注目しています。いわゆる肉体労働者で50代以上はまず胸膜プラークの
存在を疑って診療しています。それは、石綿ばく露を受けている職種は肉体労働者の多岐にわたっており,また石綿
ばく露から後少なくとも10年以上、おおむね15年から30年という長い期間を経て出現することが知られており、また、
ばく露から20年以内に石灰化することは稀とされています(図2)。

(図2)「石綿労災認定のしくみ」(労災保険情報センター)より


 感冒なら感冒の診療、慢性疾患なら慢性疾患の診療をしつつ、職業歴を確認してきました。当院では職種だけは
案外記載されていますが、具体的な業務内容や就労年度などの情報はほとんどありません。
「昨年来問題となっている石綿,アスベストですけど‥」ということで聞きはじめます。時に、所属している労働組合か
ら情報が伝わっていることもあります.しかし「私はアスベストのばく露は受けていません」という答えはあてになりま
せん。
 職種のなかでは特に建築・建設にかかわる労働者,特に個人家屋やビルの建築に従事している労働者は程度の
差はあればく露されていると考えてよいでしょう。

<画像診断>
 画像診断ですが、胸部X線がまず入り口になります。石綿ばく露が疑われる50代以上の患者さんの場合、受診理
由が上気道感染であっても1年以内に胸部X線をとっておらず、喫煙者であれば胸部X線を一応すすめています。慢
性疾患で受診している患者さんの場合、定期検査としての胸部X線で異常がなくても、喫煙歴があり石綿ばく露が疑
われる職種では胸部CTを強くすすめてきました。
 CTをすすめる理由は、胸膜プラークの胸部X線での検出率は30%程度ですが、CTでは検出率85%程度とされてい
ることと、タバコとアスベストは肺がんリスクを相乗的に高くすると言われており肺がんチェックの意味もあるからで
す。
 従って、プラークハンターとしては胸部X線でやや過剰診断をしてでも胸部CT検査にもっていきたいわけであり、診
察室での説明とおすすめがカギになります。胸膜プラークがなくても、特に喫煙者では肺気腫の診断につながったり
禁煙外来への誘導も容易になり,その意義は大きいと考えています。
 尚、私のプラーク診断能力ですが、教科書としては現在一番人気とおもわれる「アスベスト関連疾患日常診療ガイ
ド」(1) 等を読み、「石綿関連疾患診断技術者研修会」(同機構主催、厚労省後援)等の実地研修会に参加した程度
のレベルということです。当初の診断能力から徐々に上達し、現在では胸膜プラークの診断につきましては、かなり
の自信がつきました。


結果

 <胸膜プラーク有所見者>
 胸膜プラークを診断できた症例数は 23例で、平均年齢は69±9才でした。石綿取り扱い業務の平均従事年数は
27年でした。
 職業の内訳は、建築(大工)が9名(7名)、配管工5名、鉄鋼3名、解体2名、電気工2名、造船1名、自動車整備1名
でした。
 「基礎疾患あり」が18名(78%)でした.内訳は、高血圧9名、塵肺・COPD4名、糖尿病3名、狭心症2名でした。この
18例は、定期的な診察時に胸部X線でスクリーニングし、二次検査としてCTで診断したものです。基礎疾患なしは5
名ですが、人間ドック・健診での診断が3名、感冒受診時の診断が2名でした。

<胸膜プラークの画像診断>
 過去に撮影されていた胸部X線の読影結果をカルテで見直しました。異常を指摘されていたのは6例(26%)でありい
ずれも比較的強い胸膜肥厚と石灰化のある症例でした。しかし、石綿関連肺疾患としての指摘、職歴への言及は1
例を除いて記載がありませんでした。
 次に、胸部CT所見を右に置き参照しつつ胸部X線を読影してみました。プラークであると診断できるものは11例
(48%)でした。
 胸部CTでのプラーク存在部位を検討したところ、気管分岐部から上部にプラークが認められるのは16例(70%)でし
た。3例を除きすべて前壁側に認められました。左右差を検討したところ、右側優位が10例、同等5例、左側優位1例
と右側優位の特徴が認められました。
 気管分岐部より下部には全例で認められ、殆ど背側(一部側面にも認めた)でした。左右差を検討したところ、右側
優位が2例、同等12例、左側優位9例と右側に少ない結果でした。
 また肺尖部や肋骨横隔膜角には認められませんでした。
 CTによるプラークの石灰化は15例(65%)であり、横隔膜面での石灰化は5例(22%)に認められました(図3)。

(図3)横隔膜の石灰化プラーク
 右横隔膜の石灰化プラーク。背側の胸膜プラークは壁側サイドに石灰化あり。


 石灰化が壁側胸膜側に多いか臓側胸膜側に多いかの検討をしたところ、壁側2例、臓側1例、全層5例であり、残り
はプラークが比較的薄く、石灰化も小さいために判別ができませんでした。
 過去(05年6月以前)に胸部CTがなんらかの理由で撮られていたものが12例でした。院外放射線科医師による読
影レポートを見直したところ11例でプラークの指摘がなく、すべて石綿関連肺疾患を疑ってのCT依頼ではありません
でした。
 また、プラークを有するこれら23例の内、石綿肺合併は1例(1型)のみでした。

<事後措置>
 診断後の事後措置ですが、健康管理手帳申請が6名です。大工など10例は一人親方で労災保険に加入しておら
ず申請できませんでした。
 また、申請可能である例でも、過去の職歴証明が困難だったり、会社への気兼ねなどから申請に至らないケースも
ありました。


考察 

<プラーク有所見者>
 胸膜プラークは胸膜肥厚斑あるいは限局性胸膜肥厚ともいわれる限局性、板状の境界明瞭な胸膜肥厚です。そ
の大部分は壁側胸膜に生じますが、まれに葉間胸膜など臓側胸膜にも生じます。病理組織学的には非特異的線維
化病変ですが、電子顕微鏡では石綿線維がプラーク内に沈着していることが証明されています。胸膜プラークはアス
ベスト線維がリンパ流にのって壁側胸膜に到達し、胸膜の動きの激しいところで摩擦によってできるという説が有力
とされています。
 胸膜プラークの発生は職業的高濃度ばく露者ばかりでなく、職業的低濃度ばく露者、石綿作業労働者の家族、石
綿工場周辺の住民にも認められます。
私は、アスベスト関連疾患診断の糸口として、特に胸膜プラークの発見に日常の外来診療で努力してきました。それ
は、胸膜プラークが石綿ばく露と密接な関係にあり、日本においては石綿ばく露によってのみ発生すると考えられて
いるからです。つまり、胸膜プラークは石綿ばく露の医学的な証拠になりますので、胸膜プラークに目を懲らす私のよ
うな医療者をプラークハンターと呼称しました.
 また、プラーク自体は良性の病変ですが、胸膜中皮腫の危険指標になるとの報告もあり、プラークの発見は重要で
す(3)。
 この1年間に一般外来受診者の中から、私個人として23名に胸膜プラークを発見しました。石綿関連肺疾患の精査
ということで紹介されて受診した例、及び他の医師による診断例は除外しています。この数が多いのか少ないのか
はこの種の報告がないためわかりません。他院所でも是非確かめていただきたいと考えます。
 胸膜プラークの有所見者は慢性疾患で定期的に受診している患者さんがほとんどでした。これは、胸部CTのすす
めにも了解していただける信頼関係ができていたためと思われます。ドック受診者は比較的健康に関する意識も高
く、CTのすすめにも了解されやすい印象があります。風邪などで受診する患者さんにCTまでということは実際難し
く、当院でもプラークを診断できたのは2例のみでした。
 基礎疾患のなかにじん肺で受診している患者さんもいました。以前より,肺内の粒状影や不整形陰影については
注意しながら読影してきましたが、胸膜病変には関心が薄かったと反省させられます。また、これらのじん肺患者さ
んに職歴を再度聞いてみると、トンネルや鉱山で仕事をする前に大工仕事をしていたり、よくよく聞いてみると若い頃
横浜の造船所で仕事をしていたという例もありました。
 私は、アスベスト関連疾患のうちで中皮腫を診療した経験もありませんし、石綿肺の経験は数例にとどまっていま
した。アスベスト関連疾患は少ないものという先入観がありましたが、1年間の経験から、実感としては石綿肺に比
べて胸膜プラークはありふれた所見であって、私たちの診療所に通院している患者さんにもかなりあるものだというこ
とを実感しました。

<職種と検出率>
 プラークを有する我々の23例の職種をみると,大工が一番多く、配管工、解体工、鉄鋼、電気工などとなっていま
す。
 石綿工場や造船所のない一般地域では石綿製品取り扱いの業種のうち,労働者数としては建設・建築関係が非
常に多く,日常診療で注目すべき職種になっています.
職種別の胸膜プラーク検出率を日本産業衛生学会誌で調べてみました。職種別の健診データです(表2)。検出率
は対象者の職種によってかわりますが,胸部X線では、石綿製造業は二桁,石綿製品の二次利用では一桁といえ
るでしょう.
 しかし、胸部CTでの検出率は18〜67%であり、5つの報告をまとめると49%となります。つまり、職歴のあるかたに
胸部CTをとると、半数にプラークが認められるということになります。

(表2) 胸膜プラーク検出率(産業衛生学会誌 1996〜2006)
胸部X線による検出率
報告者
職種
対象 
検出率
年度
備考
名取雄司
造船所労働者
45例
78%
1996
田村猛夏
石綿工場作業員
130例
35%
1996
春田明郎
造船所労働者
519例
50%
1999
石灰化は117例
田村猛夏
石綿工場作業員
86例
38%
1999
石灰化10例
藤井正實
石綿セメント菅製造
8例
21%
1999
菅沼成文
建設従事作業者
856例
5.9%
2005
海老原勇
大工
2.8%
2006

胸部CTによる検出率
報告者
職種
対象 
検出率
年度
備考
高山重光
空調工事従事者
342例
44%
2005
日高義時
石綿セメント製品製造
25例
21%
2006
舟橋敦
石綿部品取り付け作業
27例
18%
2006 一次胸部X線.二次CT
久永直美
建設作業者
52例
60%
2006 一次胸部X線.二次CT
海老原勇
建設作業者の肺ガン例
155例
67%
2006 胸部X線では32%

住民を対象とした胸部CT健診での胸膜プラーク検出率の報告があります(4)。それによれば、アスベスト関連産業の
ない第一次産業が主産業である市において、被験者621名(平均年齢69才)中14例(2.3%、全例男性)、という結果で
した。
 以上から、わたしたちが普通に診療している目の前の患者さんの中にもプラークを有する方が案外多いことが再認
識されます。

<診断>
 胸部CTのプラーク検出率は胸部X線の2〜3倍で、2〜3mm程度の厚みをもった病変であれば明瞭に診断が可能と
されています。最近では胸部X線でのプラーク疑い例はCTでの確認が推奨されています。
 私の経験でもCTで確認されたプラークのうち胸部X線で認められるのは48%に過ぎませんでした。胸部X線で認め
られるプラークは石灰化例や肥厚の比較的強い例であって、軽微なものはまず診断できません。
 当院でも以前の胸部X線で見落とされていたものも多く、また指摘されても胸膜肥厚ということのみで、石綿関連の
特有な病態としてCTでの精査、確認されたケースは非常に少ない結果でした。これらは、私自身の「目と構え」の問
題として反省をさせられました。健康管理手帳申請の要件も十分知らなかったことも原因のひとつです。
 胸膜プラークの部位と性状をCTでみると、すでによく知られているような結果でした。すわわち、気管分岐の上部で
は前壁に多く、下部では背側に多いということがかなり明確です。今回、上部でのプラークの左右差を検討したところ
右側優位という結果でした。一般的には左右同頻度と言われていますが,上肺野における肺換気の左右差と関連
があるものかどうか、興味深い結果です。
 しかし,CTにしてもアスベスト関連肺疾患を疑わないCT依頼書では,放射線科医師でも胸膜病変を軽視してプラ
ークを見落とすことが私たちの施設でも多々ありました。
 同様の報告では、肺がんを主目的とした胸部CT健診における胸膜プラークの診断精度を検討した報告がありま
す。それによれば、職歴情報がないなかでのCT診断でプラークを指摘された例はなく、石綿関連の職歴を有する受
診者にしぼってCTの再読影をすると3.5%にプラークが診断できたとのことです(5)。
 一方、一般医でも典型例と非典型例の胸膜プラーク画像,鑑別例の画像の読影映経験を積めばかなり診断できる
と思われます。石綿肺につきましては中央災害防止協会編集のじん肺基準フイルムに収録されていますが、残念な
がら胸膜プラークにつきましてはございません。先に紹介しました「アスベスト関連疾患日常診療ガイド」にCDが付録
でついていまして、この中に胸膜プラーク症例の画像が数例のせてあり参考になります。全日本民医連として症例
集をつくることも必要かと思われます。

<鑑別診断>
 鑑別として重要なのは、まず結核性胸膜炎です。しかし、結核性胸膜炎では片側性が多いこと、石灰化の程度が
強いこと、肺尖部肥厚や肋骨横隔膜角の鈍化があること、病歴を丹念に聞くことで鑑別はできます。
 胸膜下脂肪層との鑑別(図4)も必要ですが、皮下の脂肪層のX線吸収値より高いため、その濃度に注意すれば難
しくありません。

(図4)胸膜・胸壁の正常構造
例@

例A
胸膜プラークは筋肉よりもやや高いX線吸収値を示している。胸膜下脂肪層との
鑑別は容易。



 その他肋間静脈や胸膜直下の肺野病変との鑑別がありますが注意深い読影や必要により造影CTで鑑別可能で
す。
 末梢の肺内病変(頻度的には炎症性のもの)がCTの縦隔条件でプラーク様見えることがあります。肺野条件との
対比で鑑別が必要です。 また、肺がんの胸膜転移や中皮腫の初期病変などとも鑑別が必要です。
 放射線専門医、呼吸器専門医に読影を依頼することも大切ではありますが、読影経験を積めば一般医にも十分診
断可能です。
 まず、思い切って60代以降で30年以上の職歴のある大工さんに一声かけてCTをとってみてはいかがでしょうか。
かなりの確率で見つけられると思います。

<石綿新法>
 労災時効と労災対象外の方(住民、家族、一人親方)にたいして制定された石綿救済新法(3月27日施行)は「隙
間なく救済」と説明されていますが、労災対象外の方については石綿肺やびまん性胸膜肥厚は救済されません。補
償も含めて救済は部分的であって民医連も強い批判声明を出しました。
 ここでは、胸膜プラークとの関連で肺がんについてふれます。
 肺ガンの発生はアスベストばく露量が多くなるほどリスクが高くなることが指摘されてきました。従来、アスベスト肺
ガンの定義は、石綿肺に合併した肺ガンであり肺の線維化が発癌のメカニズム上重要と考えられてきました。しか
し、最近ではプラークのみで石綿肺を合併しない肺ガンも増え、アスベスト線維自体が肺ガン発生に重要との考えが
提唱されています。
 一方、石綿救済新法では肺がんリスク2倍以上を対象としており、胸膜プラークのみを有する肺がんは対象から除
外しています。画像上胸膜プラークのある人の肺がん発症リスクは、調査対象集団がもっとも大きいHikkerdal(1994)
のコホート調査の結果では肺がんリスク1.4倍と報告されていることなどを根拠としています。
 胸膜プラークに石綿肺を合併した肺ガンは救済対象となっていますが、圧倒的に多いのは低濃度ばく露者であり
胸膜プラークのみを有する人です。従って一人親方など労災保険非加入者や工場周辺住民など近隣ばく露者の中
で、胸膜プラークのみを有する人のなかから肺ガンが発症したとしても除外されることになります。  
 私はこの点に関して、新法制定時のパブリッココメントに批判的意見を述べましたが、次期改訂にむけた取り組み
が重要です。
 一方、すでに死亡された患者さんで労災時効(死亡から5年経過)の遺族には、今回の救済法で特別遺族給付金
ぎう救済制度ができました。つまり、平成13年3月26日以前に死亡された対象疾患の方であって、肺がんの場合に
は労災保険と同じように、ばく露歴10年以上で胸膜プラークがあれば対象となります。胸膜プラークをきちんと診断し
て、現制度を積極的に利用することも極めて大切です。

<民医連医師の出番>
 労災職業病は従来「生活と労働の場」から疾病の原因をつかむ民医連医療の特徴とされてきました。しかし現実
は、じん肺にしても、振動障害にしても、公害喘息等にしても一部の医師の「専門領域」となっています。しかし、アス
ベスト関連肺疾患、特に特有な病態である胸膜プラークの診断につきましては、職種の広さ、数の多さから全ての医
師が関われる分野となっています。
 特に、多数の外来患者さんを診療している、民医連事業所の一般医の果たす役割がカギであると考えています。
多くの医師がかかわらないと数としてもピックアップされてきません。
 胸膜プラークを見つめることによってアスベスト問題がぐっと身近なものに感じられると思います。私は、外来で特徴
的な胸膜プラークを見つけると病院の医局の読影会にフイルムを持っていって他の医師に供覧し職業への関心を持
って頂くように努めています。
 胸膜プラークが発見されるようになりますと一般外来における職歴聴取がより楽しくなります。石綿肺を合併しない
例がほとんどですが、それでも石綿を製造または取り扱う業務に従事し、胸膜プラークを有する労働者であれば現行
労災制度で健康管理手帳の申請が可能です。労働局に医師の診断書(福井ではじん肺用の診断書でよいとなって
いる)と職歴証明で申請しますと年2回の健診が指定された医療機関または健康診断機関で無料で受けられます。
  
 アスベスト問題での「民医連の出番」はまさに、「民医連医師の出番」といってよいのではないでしょうか。
 みなさんもプ−ラクハンターになりませんか。


まとめ
*「クボタショック」以後この一年間に一般外来でどれくらいの胸膜プラークが見つけることができるか、自らを「プラー
クハンター」と称して活動してきました。その結果22例の胸膜プラークを診断しました。殆どが高血圧をはじめ慢性疾
患で通院中の患者でした。
*職歴は建築(大工)9(7)例の他、解体、配管工、鉄鋼関係、電気工、自動車整備、造船、窯業など多岐にわたり
ました。
*胸膜プラークを胸部XPで確認できるものは11例(48%)でした。胸膜プラークは石綿ばく露の特異的所見でありこの
読影が鍵になります。胸部CTでは気管分岐部より上部では前壁側に、下部では傍脊柱背側胸膜に多く認められま
した。胸部X線、胸部CTでの読影は経験を積むことにより一般医でも十分可能と考えます。
*労災補償では健康管理手帳申請が6例でしたが、一人親方で労災保険未加入者も多く、新法改訂をにらんだ運
動が必要です。
*アスベスト問題は民医連医師のまさに出番と考えます。


参考図書
(1)「アスベスト関連疾患日常診療ガイド」(独立行政法人労働者健康福祉機構編2006.2)
(2)「アスベスト健康被害救済マニュアル」(九州社会医学研究所 2006.3)
(3)Pleural plaques as risk indicators for malignant pleural mesothelioma: a necropsy-based study.  Am J Ind
Med. 1997 Nov;32(5):445-9
(4)住民を対象とした胸部CT検診での胸膜プラークの検討 西井他 CT検診, 13(2) : 133-137, 2006.
(5)石綿作業歴がある方の胸部CT検診の結果について  細田他 CT検診, 13(2) : 161-164, 2006.


(「民医連医療」06年12月号掲載論文)