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 トンネルじん肺訴訟 国に賠償責任 トンネル元作業員で初 (共同通信)

じん肺、国に賠償責任 トンネル元作業員で初 規制怠った違法認める 慰謝料1人200万円 東京地裁、5人は敗
訴 <1>

 国が主に発注したトンネル工事に従事し、じん肺を患った19道県の元作業員、遺族ら計49人が国に1人当たり3
30万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が7日、東京地裁であった。
 芝田俊文(しばた・としふみ)裁判長は「じん肺を防ぐための規制を違法に怠った」と国の賠償責任を認定。慰謝料
は1人当たり原則200万円が相当とし、就労期間や弁護士費用に応じて原告44人に総額6930万円(1人当たり2
20万―55万円)の支払いを国に命じた。同様のトンネルじん肺訴訟は東京を含め全国11地裁に起こされ、判決は
初めて。 訴訟は(1)国の規制権限不行使の責任(2)発注者としての安全配慮義務違反―などが争点となった。
 芝田裁判長は判決理由で「粉じんが大量に発生する機械掘削工法が標準化した1986年末ごろには、国は湿式
削岩機と防じんマスク使用、粉じん濃度測定と評価などを義務付ける法令を制定すべきだった」と規制権限不行使を
認めたが、安全配慮義務違反は「工事ごとの証拠がない」として否定した。
 国側が主張した賠償請求権の消滅時効(3年)については「炭鉱労働者のじん肺に対する国の責任を初めて認め
た2001年7月の福岡高裁判決から起算するのが相当。成立していない」との判断を示した。
 また国側は工事元請けのゼネコンから和解金が支払われたことから「損害は補てんされている」とも主張したが、
判決は和解なども考慮した上で慰謝料を算定した。
 原告のうち5人は判決で「坑内での作業が少なく、じん肺を発症する程度の粉じんに暴露したとは認めがたい」と指
摘され、敗訴した。
 原告はじん肺患者の元作業員(57―78歳)と遺族で、2002年11月に提訴した。多くは高度経済成長期やバブ
ル経済期などに鉄道、道路、ダムなどのトンネル工事現場を渡り歩き、じん肺になって仕事を失ったり、退職後に発
症したりした。
 炭鉱労働者が起こした筑豊じん肺訴訟で、最高裁は4年「規制権限不行使は違法」として国の賠償責任を認めて
いる。

判例踏襲、被害救済図る <2>
 【解説】トンネルじん肺訴訟で国に損害賠償を命じた7日の東京地裁判決は、国が法令を制定して適切なじん肺対
策を講じるべきだったのに怠ったとして「規制権限行使義務違反」を認定した。
 規制権限行使義務違反は、炭鉱労働者が国に賠償を求めた筑豊じん肺訴訟の2004年の最高裁判決が認定。
東京地裁判決はこの判例を踏襲したといえる。
 同義務違反の認定で、最高裁判決は法令の趣旨・目的や権限の性質に照らし、不行使が著しく合理性を欠くかを
検討。「旧じん肺法が成立した1960年までに削岩機の湿式型化などの対策を義務付けるべきだったのに怠った」と
判断した。
 東京地裁も同様に検討し「大量の粉じんが発生する機械掘削工法が標準化していた86年末ごろには、それまで
の対策を改めるべきだったのに怠った」と認定。「適切に行使していれば、じん肺被害拡大を相当程度防止できた」と
指摘し、被害の救済を図った


患者の人生、苦悩ばかり 告発医師「むなしさも」 <4>
 トンネルじん肺の問題を1976年に初めて告発したのは、大分県佐伯市の医師三浦肇(みうら・はじめ)さん(85)
だった。「医学的な管理で患者は長生きできてきた。でも、発病後の半生にどれほどの意味があったのかとも考えて
しまう」。これまで診察したのは約3000人。さまざまな苦しみを見続け、むなしさも感じるという。
 佐伯保健所長だった73年、管内に結核患者が多いことが気になった。発症率は全国平均の10倍ほどで、患者は
男性ばかり。
 詳しく調べてみると、ほとんどが当時「豊後土工(どっこ)」と呼ばれた大分県南部出身の出稼ぎ労働者だった。高
度成長期、新幹線や高速道路など全国のトンネル工事に働きに出た男たち。「結核」ではなく、過酷な現場で粉じん
を吸い続けたことによる「じん肺」だった。
 県に報告を書き、記者の取材を受けた。大きな新聞記事になり、一気に社会問題化した。
 しかし国に認定されても、患者に働き口はなく、労災保険や補償に頼る生活。呼吸が苦しく、自由に出歩くこともで
きない。「働いていないのに、補償金で楽に暮らしている」と陰口もたたかれた。
 「多くの患者は人間らしい生活ができないまま生きてきた。国がきちんと患者を支援していれば、そもそも裁判には
ならなかっただろう。そういう点で、国の施策は不十分じゃないか」
 三浦さんは今も佐伯市の長門記念病院で、100人以上のじん肺患者を日々診ている。

11地裁で960人係争中 ゼネコンへの四国訴訟最初 <5>
 国に損害賠償を求めたトンネルじん肺訴訟は、約960人が東京をはじめ、札幌、仙台、長野、新潟、金沢、広島、
松江、徳島、松山、熊本の計11地裁に起こした。東京地裁以外では仙台、熊本両地裁の訴訟が結審。熊本地裁は
13日に判決が予定されている。
 トンネルじん肺をめぐる最初の訴訟は1989年の「四国じん肺訴訟」で、元作業員71人が工事元請けのゼネコンに
損害賠償を求めて徳島、松山、高知の3地裁に提訴した。
 96年に最高2000万円を支払うことで和解し、全国のじん肺患者が補償請求団を結成。約1400人が97年以
降、ゼネコンに1人3300万円の賠償を求めて全国の裁判所に訴訟を起こした。
 仙台地裁で99年、旧日本鉄道建設公団と和解した後、症状などに応じて順次和解が進んだ。
 元作業員らは「国が責任を認めなければ、じん肺はなくならない」として、2002年11月以降、国相手の訴訟を起
こした。

じん肺訴訟の判決要旨 <6>
 東京地裁が7日言い渡したトンネルじん肺訴訟の判決要旨は次の通り。
 【規制権限不行使】
 労働相は1986年末ごろには、(1)湿式削岩機と防じんマスク使用を重畳的に義務付ける(2)ナトム工法の標準
化、普及に伴い、コンクリート吹き付け作業時などに送気マスクの使用を義務付ける(3)粉じん濃度測定、評価を義
務付ける―を内容とする省令を制定すべきなのに怠った。
 同様に監督機関は各省令に基づく監督権限を適切に行使しなかった監督義務違反がある。旧労働基準法、労働
安全衛生法、じん肺法の趣旨、目的や、その権限の性質などに照らし、許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠
き、国家賠償法の適用上違法だ。
 【安全配慮義務違反】
 患者らには国が発注した個別のトンネル建設工事ごとの判断が必要になると言わざるを得ない。それぞれが就労
した工事については、いずれも工事請負契約、共通仕様書、特記仕様書および施工計画書などの内容、監督職員
の具体的対応などの主張がなく、それを認めるに足る証拠もないので主張は認められない。
 【注文者の過失】
 民法716条ただし書きに基づく責任も、それぞれが就労した工事の具体的主張立証がないので認められない。
 【暴露歴】
 粉じん暴露の事実が認められない一部の者を除き、従事した工事で罹患(りかん)しているじん肺を発症させる程
度の粉じんに暴露していた。
 【慰謝料額】
 慰謝料額は原則として200万円とするのが相当だが、87年1月以降の就労期間2年を超えて5年以下である者
の慰謝料金額は150万円、87年1月以降の就労期間が2年以下である者の慰謝料金額は100万円とするのが相
当。弁護士費用は、各金額の1割が相当。
 【時効】
 国家賠償法一条一項に基づく損害賠償の消滅時効は、患者らが規制権限不行使義務違反が同項の違法行為に
該当すると知り、損害賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度に「加害者を知った時」とは、筑豊じん
肺最高裁判決の原審判決が言い渡され、それが広く報道された時点(遅くとも2001年7月19日ごろ)と解釈するの
が相当。3年の短期消滅時効は完成しておらず、消滅時効の主張は認められない。

トンネルじん肺訴訟経過 <7>
 1960年 主に鉱山労働者らを対象にした旧じん肺法施行
 72 労働安全衛生法施行、有害業務の作業場で環境測定など義務付け
 76・4 大分県佐伯保健所長の調査で、トンネル工事作業員の未認定じん肺患者が多くいることが判明
 78・3 対象者を拡大した改正じん肺法施行
 79・10 粉じん障害防止規則施行
 88・1 金属鉱山での粉じん濃度測定義務付け
 96・10 元作業員の患者らが全国トンネルじん肺補償請求団を結成
 97・5 東京など5地裁にトンネル工事発注者の旧日本鉄道建設公団と元請けのゼネコンに損害賠償を求めて提
     訴、最終的に約1400人が23地裁・支部に提訴
 99・7 旧鉄建公団と和解
 2000・12 労働省(当時)がトンネル工事の粉じん防止ガイドライン通達
 01・2 ゼネコンと和解、その後順次和解が成立
 02・11 元作業員らが国に賠償を求めて東京地裁に提訴、最終的に11地裁に約960人提訴
 04・4 筑豊じん肺訴訟の最高裁判決で、国の規制権限不行使を認定
 06・2 東京、熊本、仙台各地裁で国賠訴訟結審
 7・7 東京地裁が国の賠償責任認める判決

「厳しい」と幹部職員 責任指摘された厚労省 <8> 
 トンネルじん肺訴訟の東京地裁判決で7日、規制権限を行使しなかったことが違法と
指摘された厚生労働省。訴訟では一貫して「制定義務はない」と主張していただけに、
労働衛生課の幹部は「まだ内容の精査をしていないが、厳しいね」とひと言だけ漏らし
た。
 判決のニュースは、川崎二郎厚生労働相が閣議後の記者会見を省内でしている最中に
飛び込んだ。
 記者に問われると、川崎厚労相は「判決を見ていないのでコメントできない」とだけ
答えた。
                                 [共同通信]